大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)5263号 判決

原告 丹羽利邦 外四名

被告 菅原梅子 外二名

主文

一  被告岡崎信子は被告菅原梅子及び松尾七郎に対し、右両名から各金四二万〇、五〇〇円の支払いを受けるのと引換えに、別紙目録記載の土地につき昭和四二年一一月三〇日売買(売主丹羽トヨ、買主菅原梅子、松尾七郎)を原因とし、各共有持分二分の一とする所有権移転登記手続をせよ。

二  被告菅原梅子及び被告松尾七郎は、右両被告に対し原告ら及び被告岡崎が別紙目録記載の土地につき昭和四二年一一月三〇日売買(売主丹羽トヨ、買主菅原梅子、松尾七郎)を原因とし共有持分二分の一とする所有権移転登記手続をなすのと引換えに、それぞれ各原告に対し金四二万〇、五〇〇円を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告ら

主文同旨の判決及び第二項につき仮執行の宣言

二  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求原因

一  原告ら及び被告岡崎の実母である丹羽トヨは、昭和四二年一一月三〇日被告菅原及び松尾に対しその所有にかかる別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を代金六〇四万六、〇〇〇円(その支払方法、同月金一〇〇万円、昭和四三年五月三一日金二五〇万円、同年一一月三〇日金二五四万六、〇〇〇円)として売渡し、右代金完済と引換えに本件土地の所有権移転登記手続をなすことを約し、同日右両被告より金一〇〇万円を受領した。しかし、トヨは残代金五〇四万六、〇〇〇円の履行期到来前である昭和四三年四月六日死亡し、原告ら及び被告岡崎は同人を相続した。

二  原告ら及び被告岡崎は、いずれも引換給付の関係に立つものとして、被告菅原及び松尾に対し、残代金五〇四万六、〇〇〇円につきそれぞれ相続分に応じて分割された金四二万〇、五〇〇円の代金債権を取得すると共に、本件土地につき所有権移転登記手続をなす債務を承継した。

三(一)  その後、相続人間で遺産分割につき紛争が生じたため、残代金債務が完済されないまま、従つて所有権移転登記手続もなされないまま過ごしたが、昭和四五年一〇月上旬被告菅原及び松尾は原告ら及び被告岡崎に対し「右両被告においてそれぞれ残代金(相続人一人当り金四二万〇、五〇〇円)を支払うから本件土地所有権移転登記手続に必要な委任状、印鑑証明書、戸籍謄本を送付されたい。」旨を催告した。

(二)  原告らはこれに応じ、右残代金の支払いを受けるのと引換えに右両被告に対し本件土地所有権移転登記手続を履行するため右書類を送付した。

(三)  しかし、ひとり被告岡崎のみこれに応じなかつた。

四  被告菅原及び松尾は、被告岡崎が右両被告の催告に応じないため右登記を経由することができず、それを理由として原告らに対し右残代金の支払いをしない。

五  ところで、前記のとおり、被告菅原及び松尾はトヨの相続人の一人である被告岡崎に対し各金四二万〇、五〇〇円を支払うのと引換えに本件土地の所有権移転登記手続を求める権利を有するのに、これを行使しない。そこで、原告らは、被告菅原及び松尾に対する前記残代金債権者として、右債権保全のため、右両被告に代位して被告岡崎に対し主文第一項のとおり請求する。と共に、被告菅原及び松尾に対し主文第二項のとおり請求する。

第三(被告菅原及び松尾)請求原因に対する答弁

請求原因事実は認める。

第四(被告岡崎)本案前の主張、請求原因に対する答弁及び認否

一  原告ら訴訟代理人高梨弁護士は原告丹羽利邦の申立代理人となり、他の原告ら及び被告岡崎を相手方として、東京家庭裁判所にトヨの遺産分割の申立をし、右審判手続は進行中である。よつて、同弁護士による本訴提起は弁護士法二五条三号に違反する。

二  請求原因一の事実は認める。同二の事実は否認する。同三の事実のうち、(一)及び(三)の事実は認めるが(二)の事実は不知。同四及び五の事実は否認する。

三(一)  原告ら及び被告岡崎は、被告菅原及び松尾に対し代金完済と引換えに本件土地の所有権移転登記手続をなす義務があるが、右代金は原告主張のとおり三回の分割払いであり、右両被告はこのうち第一回分の金一〇〇万円を支払つたに過ぎない。

(二)  しかして、右両被告が昭和四三年五月三一日に本件土地代金として支払うべき第二回分金二五〇万円は売主の所有権移転登記手続義務に対して先履行の関係に立つから、被告岡崎は昭和四六年九月二一日右代金債務不履行を理由として本件土地売買契約を解除した。

第五(原告)抗弁に対する認否及び再抗弁

一  第四の一の事実のうち本訴提起が弁護士法二五条三号に違反するとの点を除きその余の事実は認める。同三の(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は否認する。

二  高梨弁護士は被告岡崎主張の遺産分割審判事件の依頼人である原告丹羽利邦の同意を得て本訴を提起しているから、本訴提起は弁護士法に違反しない。

三  被告岡崎は第二回及び第三回分の残代金の履行期後である昭和四五年一〇日頃被告菅原及び松尾の代理人山田直大に対し、トヨの相続人として、右両被告からそれぞれ本件土地残代金として取得すべき金四二万〇、五〇〇円の支払いを受けるのと引換えに右両被告名義に本件土地の所有権の移転登記手続をなすことを約した。従つて、被告岡崎は売主の代金債務の履行遅滞を理由に本件土地売買契約を解除することはできない。なお、被告岡崎の後記主張の撤回の事実は否認する。

第六(被告岡崎)再抗弁に対する認否

第五の二の事実は否認する。同三の事実のうち被告岡崎が原告主張のような約束をしたことは認めるが、後日これを撤回した。

第七証拠関係〈省略〉

理由

一  被告菅原及び松尾関係

原告と右両被告との間においては請求原因事実は争いがなく、この事実によれば右両被告に対する原告の本訴請求は正当であるから、これを認容する。

二  被告岡崎関係

まず、本案前の抗弁について判断する。本訴の原告訴訟代理人高梨弁護士が原告丹羽利邦の申立代理人となり、他の原告ら及び被告岡崎を相手方として東京家庭裁判所に丹羽トヨの遺産分割の申立をし、右手続が進行中であることは争いないが、成立に争いのない甲第三号証及び原告丹羽利邦本人尋問の結果によれば、右事実の依頼者である同原告が、同弁護士が他の原告らの訴訟代理人となつて本訴を提起することにつき同意していることが認められるから、被告岡崎の弁護士法違反の主張は理由がない。

次に本案について判断する。

請求原因一の事実は争いがない。この事実によれば、原告ら及び被告岡崎は、トヨの相続人として、本件土地売買による被告菅原及び松尾に対する残代金五〇四万六、〇〇〇円については、金銭債権で可分債権であるから相続分に応じて分割された金四二万〇、五〇〇円の割合でこれを承継したが、右両被告に対する本件土地所有権の移転及びその登記義務については、性質上不可分債務と考えるのが相当であるから全員で不可分債務としてこれを承継したものというべきである。従つて、買主たる被告菅原及び松尾は、売主の相続人である原告ら被告岡崎の相続人全員が本件土地の所有権移転及びその登記義務につき履行の提供をしない限り相続人全員に対し代金の支払を拒絶できるものと解するのが相当である(もし、所有権移転及び登記に関する義務も相続分に応じて分割されるとすれば、買主は右義務を履行しない相続人との関係においてのみ代金の支払いを拒み得るに過ぎないが、右義務を不可分的なものとみる以上、右のように考えるべきである。)。

しかして、請求原因三(一)及び(三)の事実は当事者間に争いがなく、証人山田直大の証言及び原告丹羽利邦本人尋問の結果によれば、同(二)の事実を認めることができる。この事実によれば、被告岡崎以外のトヨの相続人である原告らは買主である被告菅原及び松尾に対し本件土地所有権移転及びその登記についての義務を履行する態度を示しているのに、被告岡崎が右義務の履行を拒絶しているのであるから、既に述べたところにより、買主である右両被告は原告らに対し代金の支払いを拒み得ることになる。

ところで、右両被告が本件土地所有権を取得した場合の共有持分は各二分の一と推定すべきであるから、右両被告はトヨの相続人である被告岡崎に対し各金四二万〇、五〇〇円を支払うのと引換えに本件土地所有権につき共有持分二分の一の移転登記手続を求め得るのであるが、右両被告がこの権利を行使しないことは本訴の経過に照らして明らかである。そこで、このような場合原告ら主張のように、原告らが右両被告に対する前記残代金についての債権者として、この権利を保全するため、右両被告の有する被告岡崎に対する前記権利を行使することが許されるかどうかについて検討する。

なるほど、原告らの保全されるべき債権は金銭債権であり、債務者である被告菅原及び松尾の無資力についてはなんら主張立証がなされていない。しかし、原告らは前記のとおり、右両被告に対する、所有権移転及びその登記義務をいつにても履行する態度を示しており、被告岡崎が右義務を履行しさえすれば、原告らの権利は直ちに実現される関係にある。それであるのに、被告岡崎が右義務の履行を拒絶し、また、被告菅原及び松尾が被告岡崎に対し右義務の履行を求めない以上、もし、「債務者の無資力」という要件が備わらないとの理由で原告らに債権者代位権の行使を認めなければ、原告らは、被告菅原及び松尾が無資力状態となるまで拱手傍観して時を過ごさなければならないことになるし、また、右両被告が無資力状態とならなければ当面自己の権利実現の方法を欠くことになる。このように、金銭債権の関係においても、債務者が或る権利を行使しさえすれば、債権者の権利の実現が可能であるという特別の事情が存するときは、債務者の資力とはかかわりなく債権保全の必要があるものとして、債権者代位権の行使を許容すべきである。

次に、被告岡崎の解除の抗弁について判断すると、かかる多数当事者の契約関係にあつては反対の特約の存在が認められない以上、一当事者のみにて解除権を行使し得ないのであるから、右主張は理由がない。

以上によれば、原告の被告岡崎に対する本訴請求は正当として認容すべきである。

三  よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する(なお、被告菅原及び松尾に対する請求についての仮執行の宣言はこれを附さない。)。

(裁判官 松野嘉貞)

別紙 目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例